通じないという実態

この発言がそもそもの始まり

otsune氏発信のlog
@ryo_grid 「どうやって読むか読まないか決める?」ってのは、あたりまえだけど「オレが面白いと思うかどうか」だな。強いて言えば、タテマエでとりつくろって「俺は頭良いんだぞ・凄いんだぞ」をアピールしたがってるblogは読む必要無いと思ってる。


私からコメント
今頃失礼な言い方かもだけど、@otsune さんはある年にnominateされたアルファーブロガーだったのね。そゆ先入観を持ってブログを拝見してはいないけど、timelineで発しているような事を公言する辺り、非常に高い位置なのだと認識した次第。伝えたい事じゃないのでは?


otsune氏から質問
@godmother ん?「非常に高い位置」ってのがイマイチ分かんないんだけど。もしかして「偉い・偉くない競争」みたいなのが森羅万象すべてに適用されることが前提?


私からの返答
@otsune 高い所に位地していると、何を言われているのか分からないと思うよ。意地悪じゃなくて。自分を見ていくしかないかなと思います。


otsune氏から再度質問
@godmother こめん。何を言ってるのか分からない。だから「高い位置」ってのは何を基準にした物なのかを質問してる。深い意味とか裏の意図は無くて、単にオレに言及したから深く興味をもって追求したいのよ。 l





ここに抜粋したのは単に「話が伝わらない」という事の一例で、otsune氏を吊るし上げるつもりはありません。
otsune氏は、私が何の事を言いたいのか凄く知りたいのだという事は良く分かる。
でも、ちゃんと返事して、答えたつもりなんですけどね。
再度分からないと聞かれても、サッパリ分かりません。

これが私の課題。

感性を磨くと、こういう風に物事が見えてくるもの。

リンクを張ろうとしたら、ご本人がエントリーを削除したので、あえて張りませんけど。

アルファブロガーパラドックス
 あんなやつアルファブロガーじゃないという点で話題になるのがアルファブロガー

ネガコメ5パラドックス
 ネガコメ5なんて存在しないとあれこれブコメで主張する人が5名。

ネガコメパラドックス
 読解力・知力の不毛が原因のネガコメに怒ること。
(解説: それ自体が読解力・知力の不毛の証明になるという矛盾)

ネット匿名・実名論のパラドックス
 匿名とは実名ではないこと という不毛な暫定定義上の展開が面白すぎて話題になっても、 まともな議論が話題にならないこと。

私が「きちがい」で「変な親」な理由(その1)


正月2日にあっちで触れたことを補足的に少し書いておく事にしよう(参照)。息子とも、少し話したことですし。

私は、変な人なのです。言えば言うほど変な人になるのです。始めは、自分の価値観を人に押し付けるつもりは更々無いのですが、あれ?違うのかなと感じると、いつの間にか熱く語ってしまったり。でも、もうこれも終わりにしたいです。諦めというより、変な人のままでいくというか。で、語る必要はないのでしないというか。
 

強いて語るつもりは全くないです。価値観は、私の人生観、生き方としての自分のことですから、伝えるには及びません。
でも、

それから、このような変な親の子どもは、外で凄く苦労していると思っています。そこら辺が、なんとも胸の痛いところですが、成長して我が子が自分の価値観の尺度として、親の姿を「反面教師」にしてくれてもいいのです。親からの影響を受ける雛(ひよこ)でいつまでもいるわけではありませんので、自分らしく生きていいんだよというメッセージを添えます。

 
この親にして、この子が育つという普遍的な事でもあり、親が変な人で、そういう育て方をすると子どもは矢面に立っているのですから、たまったものではありません。
 
例えば携帯電話の契約内容の話で、
うちの息子達との約束事で、毎月¥5000で押さえるようにと言い渡してあります。ここが既に変な親なんですね(今は皆パケ放題ですし。)
中学を卒業したばかりの息子にとって、¥5000という金額自体が大金です。始めて携帯を手にする息子には、月額使用料金としての¥5000が、一体どの程度の通話やメールの対価になるのか検討がつかない訳です。
ですからここがスタートラインで、親としては金銭感覚や計画性、高校生として節制すべき部分を学習してほしいのです。
この事は、大人になると直ぐに直面する経済感覚として備えておくべきものです。
自分の生活を経営していかなくてはならない日が直ぐそこまできています。
持っているお金と使ったお金の引算ですが、これは大人でも破綻する人が多い中・・というか、学習不足で大人になって、手痛い目に合ったのが40歳という人もいるわけです。
また、誤魔化しがばれて、大金持ちのトップだった人が、地獄へ落ちる人生劇もよくみます。
いくつになっても学習の毎日だとは思いますが、せめて親が養育している間に、数多くチャレンジして、チャレンジした分、失敗もして、自分自信を知って欲しいと願っています。
でも、この時期には難しいです。
子どもから反発されますし、親子で嫌な空気にもなります。
また、いやにおとなしく受け入れたな、などと少し安心させるような振りをして、裏で嘘や誤魔化しもします。
その尻尾をつかんだ日には、ヒヤッとすると同時に、激怒となって、私よりも大きな息子に飛びついて殴った事もあります。
全く後悔などしていませんがね。私を本気にさせる事態が起こっただけです。
こんなことなら、いっそのことfreeにするかー。と、契約を変更して、気楽な親にもなりたいです。
これは我が家の話で、自己管理が出来ない息子とその親の話です。
育てる為の教育費なんだ、月謝なんだと言い聞かせても、内心は「今月こそは、この線をクリヤーしてよ〜〜」と叫んでいたりします。
一口に社会学習といっても、道のりは長いです。
すっかり親の保護や養育を必要としなくなるまで、親は子が飽くまで資するものです。
このようなことを言う親は、今は変な親なんです。


 

私もちょっと違う感じ方だね

「子どもらしい」って、何?

元の注目URL小学校2年生の作文に泣かせられたよ。 - Something Orange



id:filinionさんで取り上げられましたね。
同感です。作文の出処当たりに触れる言及は、あえてここではしません。作文に泣かされる大人は、その心の琴線に触れてという事でこれも否定なしです。でも、この子の作文は、普通に育った同世代の子どもには、多分理解できないのでは?と思いました。子どもの世界ではありえない文章というか。もし、作者が本当に子どもなら、ひどく将来が心配です。ある意味日本の今の異常さだと、このような子ども(文章力、分析力・・・他含めて精神的に大人な子ども)が育ってしまうのかも?と半信半疑な気持ちにもなります。けど、そんな事はあって欲しくないですね。

あるがまま行く


日野原重明 96歳のお爺ちゃん医師(Wikipedia参照
NHK(8:35 生活ほっとモーニング「この人にトキメキ!特別対談・日野原重明三國連太郎」)


 あぁーこの対談を聞いたら、なんだかスーッと肩の力が抜けて楽な気持ちになった。短い言葉には96年の人生の重みがある。だからといって、難しい言葉や理屈などはない。人生を如何に良く生きるかということが、生き様から率直な哲学として伝わってきた。
 参考:YahooBooksのインターヴュー記事 


 前向きに生きるというのは、本来人間が一番自然に生きる形なのだと思った。心になにか違和感がある時、自分の思い方に気付くきっかけに、この著書の面白みがある。

エディターレヴュー

Amazonshopへジャンプ出版社 / 著者からの内容紹介
 93歳を超えてさらに精力的に活動し、長寿日本の象徴的存在である著者が、本紙beで連載中の「あるがまま行く」をまとめる。「生み、育てる」「学ぶ」「習慣を身につける」など、より良く生きるための教えを優しい語り口で説く。

内容(「BOOK」データベースより)
 どう良く育て、学び、働き、老い、死ぬか。本当の幸せを感じるためのエッセイ96編。朝日新聞「be」大好評連載の単行本化。

あるがまま行く  By 日野原 重明  価格: ¥ 1,260


滑稽な自分

滑稽な自分の続きを書こうと思っていたが、止めておく事にした。内容はともかく、Net上で書くという事に少し躊躇する。誰にどう読まれようと自分の事を書いているのでそれはそれでいいと思っている。ただ、公開する意味がないと思うだけ。自分の思いは人にどうしても伝えたいものでもなく、ここに、このようなつぶやき場所を設けたのは、自分のためだから。つぶやきとも思えない事は書かないというだけの話。
 私は、記事を書き直す事がよくある。
後で読んでみて、使っている言葉のニュアンスが自分の思いと微妙に違うと思ったり、場合によっては残したくないと思うと削除する。そうやって、ここでは遊びながら自分を見つめようとしているのかと思う。
 日頃起こる様々な出来事を事例として、そのことに対しての自分の考えや、思いをここで出しながら、自分を見つめて向き合っていきたいと思う。

滑稽な自分


 息子と同じチームメイトの親から、私の子どもの事でちょっと情報を得た。部活でうちの子の練習姿勢が問われるような内容だった。チームメイトH君が、自主練を早々に切り上げて帰る息子が、バスケットに対してどう思っているのか?と、心配してくれている様子。そのことを聞いたH君の親は、迷いながらも(内心言わない方がいいのかもと思いつつ)私に息子の最近の様子として教えてくれた。この時点ではH君は「もう一度Kに(息子)俺から話してみるから、母さんはKの親に言わないでね」と、なったらしい。だからH君の親は私に教えていいものかどうかを迷ったそうな。そう迷いながらも私に間接的に息子の最近の様子として知らせてくれたことに感謝した。

 話は、ここから。

私に話す前にH君の親は、他のメイト、T君の親にこの件で相談したらしく、「H君が言わないでって言ってるんだったら、言わなくていいんじゃない」と話したそう。かく言う彼女(T君の母親)は私に、既に言ってしまっているわけだが・・。後に続くT君の母親と私の会話の中で「皆に声を掛けてもらっているうちが華だから、皆が諦める前にちゃんと反応して、自主練もやった方がいいんじゃない」と括った。確かにごもっともです。ただ、電話を切った後に変な違和感が自分に残ったのは確かで、それが何処から来ているのか分からなかった。憤慨して反発とかいうのではなく、ある種の寂しさというのか、ガッカリしたというのか。これなんだろう?という引っ掛かりがずっと気持ちにあって、自分が思考停止した感じになった。

 で、引っ掛かりの部分は結局、H君の言った事を聞いたT君の母はその時点で私や息子に対して「H君がそこまで心配しているから気持ちを汲め」とでも言いたいのか、意見したのだと思う。はてなでいうところの『ネガ米に賛成』みたいな。でもH君の母の話は、あくまでも部活のメイトが思いやったり心配し合っているという内容で、決してネガティブに息子や私を責めやる内容ではなかった。ここで、あぁー、ややこしい!面倒な事!と、投げられない(実際は思ったけど)。

 T君の親とはこれまでもいろいろな話をしてきた仲で、おおよそ私の事は分かってくれているものと思っていた為に、ガッカリした。というか、伝わらなかったのだなと、諦める気持ちになった。このような事が他の子どもさんに起こった時、その子やその親に何ができるのかをひたすら親身に考え悩んで、一緒に自分ができることは何かを考えてきた。攻撃的な気持ちがその親ににあるとしても、結局はその人が「どうしたくて、どうするかしかない」と考えてきた。このことをT君の親とは共通理解し、それを基盤に話してきたと思っていた。

 これ、違っていたんだな。私が単純にT君の母親とは意思疎通できていると、そう思い込んでいただけのようでした。自分がアホらしくて滑稽で嫌になった瞬間です。

 ところで、その「息子に自主練に参加するように・・」の部分だが、これは、息子にH君からの情報と悟られずにいくらでも、どんな言い方でも私からアプローチはできる。だけど、こういうことをそれとなく他者からアプローチするより、ここまで仲間が心配してくれるような事なら、息子が考えているような気もするし、願わくは息子の口から何かを発してくるのを待つというか。息子がそこまでの考えに至っていないとすると、これまた他人の言う事は入っていかないタイミングなのでは?と、思ったりする。

続きは何時かまた